【エンゼルフィッシュ症候群】


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15分ほど

ルキオ 男性 20代社会人。友人ハルのことを心配する。

 ハル 不問 20代フリーター。趣味で小説などを書く。

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ルキオ:よう、ハル、久しぶりだな。

 ハル:ルキオー、遅いよ。もう注文しちゃったよ。

ルキオ:ははは。(店員に)あ、すいません、生一つ。

 ハル:まあ、座んなよ

ルキオ:言われなくても。っと。
    で、何頼んだんだ

 ハル:グレープフルーツハイと枝豆

ルキオ:相変わらずビール飲めねえのか。くくっ

 ハル:飲めないわけじゃないよ!
    そんなに好き好んで飲むほどでもないだけ。
    知ってる? 歳をとって苦いものが平気になるのは
    舌の感覚器官である味蕾みらいが
    老化で鈍くなるからなんだよ。

ルキオ:つまり俺はもう舌がオッサンってことか。

 ハル:そういうこと

ルキオ:社畜やってりゃあ日々いろいろすり減って
    舌だろうがなんだろうが鈍くもなるさ。

 ハル:そりゃお疲れさん

ルキオ:(店員に)お、ありがとうございます。
    ちょうど酒も来たな

 ハル:じゃあ。かーんぱーい。

ルキオ:はい、乾杯。
    (ごくごくっ)っくう〜。

 ハル:おいしそうに飲むねえ

ルキオ:仕事終わりの一杯はサイコーっすね

 ハル:ははは。お疲れ様です。

ルキオ:ハルは今どうしてんの

 ハル:元気にしてるよ。

ルキオ:そんなん見りゃわかるよ。
    なにしてるのか聞いてんの。

 ハル:ああ……。まだ小説やら何やら、書きものしてるよ。
    もちろん趣味でだけど。

ルキオ:へえ! そうか! まだ書いてんのか!
    新しいのある? 見せてくれよ。

 ハル:いいよ。あとで送る。

ルキオ:……俺さ、お前の書く文章、結構好きだよ。
    なんだっけ、あの、電車で天使に会う話? 好きだった。
    あとほらあれ、たしか2年のとき
    短歌だか俳句だかで賞とったんだよな

 ハル:ああ。あれね。
    文芸コンクールの短歌や俳句部門は
    小説や詩の部門より応募する人が少なくて
    倍率が低かったから、賞とりやすかったんだ。

ルキオ:謙遜しなさんなって

 ハル:謙遜じゃなくてそう選んだんだよ

ルキオ:え? マジ?

 ハル:マジ

ルキオ:なーんだよー! 打算かよー!
    でもそれでほんとに賞とるんだからすげーな!

 ハル:ありがと

ルキオ:でもさあ、お前、小説も才能あるんだから
    コンクール出してみたらいいのに。
    出したことないだろう

 ハル:(急に声を低くしうつむく)……小説は、

ルキオ:うん?

 ハル:評価されるの、怖い。

ルキオ:……(ため息)
    ハルってさあ、そういうとこ、あるよなあ。

 ハル:うん。

ルキオ:だーいじょうぶだって。
    とって食われるわけじゃねえだろうよ

 ハル:僕には井の中のかわずがお似合いなの。
    別にそこまでしてうまくなりたいわけでもないし

ルキオ:もったいねえ。

 ハル:だいたい、コンクール出してなんになるのさ?

ルキオ:そりゃお前、賞金もらえたりとか、本出せたりとか

 ハル:本は興味ない。金はほしいけど

ルキオ:つまんねえなー

 ハル:おっしゃる通り、僕はつまんない奴なの。

ルキオ:いや、お前自身がつまんない奴ってんじゃなくてさ。

 ハル:つまんないよ。

ルキオ:ほんとにつまんない奴は小説なんか書けねえよ。

 ハル:そんなことないよ

ルキオ:ハールー!

 ハル:はいはい

ルキオ:(ごくごくっ)はー。話変えよ

 ハル:はいよ

ルキオ:で? 結局ハルは今なにしてんのよ?

 ハル:は? どういうこと?

ルキオ:今はハル君はなに屋さんなんですかって聞いてんの。
    主に職業的な意味で

 ハル:ああ。フリーター。コンビニ屋さん。

ルキオ:あーね。

 ハル:うん。

ルキオ:ん? コンビニだけで食ってってんの?

 ハル:いや……ほかにもやってる。

ルキオ:ほう! そーゆーの教えてよ!
    久々に会ったんだからさあ!
    コンビニと? なに?

 ハル:んー? ……まあ、いいじゃん

ルキオ:なんだよ。
    お? まさか言えないような仕事やってんのか?

 ハル:そんなんじゃないけど。

ルキオ:余計気になるよぉ

 ハル:めんどくさいなあ。
    (店員に)あ、すみませーん。生でいい?

ルキオ:うん

 ハル:じゃ生と、八海山はっかいさんルキオ:おっ行くねぇ!

 ハル:飲む?

ルキオ:少しもらう

 ハル:じゃ、おちょこ2つで。あと唐揚げ。はーい。

ルキオ:んで、コンビニ以外になにやってんの?

 ハル:期待されると言いづらいんだけど。
    そんな面白い話じゃないよ。

ルキオ:ならなぜサラッと言わない。

 ハル:別に言えるよ。ハウスキーパー。

ルキオ:ハウスキーパー? なんだそれ

 ハル:ハウスをキープするんだよ。
    
ルキオ:日本語で説明してくださる?
    (店員に)あ、ありがとうございまーす。
    まあどうぞ。(日本酒を注ぐ)

 ハル:ありがと。はい、ルキオも。

ルキオ:おっとっと。いただきます。

 ハル:っあー、うまい。
    ……まあさ、つまりは、
    忙しくて家を空けることが多い人の代わりに
    たまの帰宅が嫌にならない程度に家事をするわけ。

ルキオ:家政婦は見た! デデデッデデデッ! デーデー!

 ハル:それ火曜サスペンス劇場。
    「家政婦は見た」は火サスじゃなくて土曜ワイド劇場。

ルキオ:どっちでもいいよそんなん。
    てか……(笑)マジで!? ハルが!? 家政婦!?
    家事なんてできんの!?

 ハル:完璧にじゃないよ。ゆるくやらせてもらってる。

ルキオ:いくらぐらいすんのそれ。時給? 月給?

 ハル:んー……もらってる額は月に3万かな。
    まあそのへんもゆるくやってるから。

ルキオ:は!? ゆるくって、お前、そんなこづかい程度の額じゃ
    コンビニバイトと合わせたって
    暮らしていけんのか!?
    それともコンビニにそんなにびっしり入ってんの?

 ハル:……あー、いいやもう。
    住み込みなんだよ。
    家事する代わりに家賃水道光熱費タダ。
    それプラス3万だから高いほうでしょ。

ルキオ:ちょっと待て、「ゆるく」やっててそれは高いだろ!
    それに住み込みって……

 ハル:ルームシェアの、比率偏ってるバージョン? 的な?

ルキオ:誰とだよ?
    マジで知らない客んちに住んでるわけじゃないよな?

 ハル:誰って、ルキオの知らない人だよ

ルキオ:どういう関係なのかって聞いてんだよ。
    どこで知り合った、いくつの、どんな人?

 ハル:そこまで言う義務ある?

ルキオ:義務はないけどさぁ……
    (ごくごくっ)ぷはあ。
    ……俺は、ただ。

 ハル:ただ、なに

ルキオ:心配してんだよ!
    お前、顔だって割といいし、スタイルだって悪くないのに、
    自覚ないっていうかなんていうか……
    自覚したくないのかもしんねえけどさ

 ハル:そんなことないよ

ルキオ:ほらすぐそれだ! そんなことあるから言ってんだよ!
    さっきだって自分はつまんない奴だとか言うしさあ!

 ハル:……ルキオは僕のこと買いかぶりすぎなんだよ。

ルキオ:そういうきらいが俺にあるのは認めるけどさあ、
    やっぱハルは自己評価が低すぎるよ……。
    でさ、俺が言いたいのはさ。
    そういうふうになまじ「ガワ」がいいくせに
    それを自覚しないから
    変な奴に絡まれたり騙されたりしないかってこと

 ハル:(さえぎって)アリマさんはそんな人じゃない!

ルキオ:……あ、そう、っすか。

 ハル:あ、いや……ごめん。


(気まずい空気の中、手酌するルキオ)

ルキオ:……「私、あなたといると、
    まるで水族館にいるような気分になるわ。」……

 ハル:え?

ルキオ:最近読んだ小説のワンシーンだよ。
    「私、あなたといると、
    まるで水族館にいるような気分になるわ。」ってセリフが
    すごく印象に残ってるんだ。
    アマチュア作家のネット小説なんだけどさ。

 ハル:……『エンゼルフィッシュ症候群』。

ルキオ:そうそれ、『エンゼルフィッシュ症候群』!
    『ライティブ』っていう小説投稿サイトのさ。
    よく知ってんな、さすがチェックしてんだな

 ハル:チェックもなにも、それ僕の小説……

ルキオ:えっ!? 嘘!

 ハル:そんな偶然ある!?
    っていうか
    素人のネット小説なんて読むタイプだったっけ?

ルキオ:素人の高校生の
    文芸部員が書いた小説読んでましたよ?

 ハル:あー、そうだった。

ルキオ:どうりで好きな文体なわけだ……

 ハル:そんなに気に入ってもらえたなんて、照れるな

ルキオ:タイトルとさっきのセリフで一本釣り。

 ハル:ハマってもらえたのは嬉しいよ。

ルキオ:いや……だから、そうじゃなくて。話戻すぞ。
    なんであれがそんなに印象に残ったかって、
    俺がハルに対して思う、もやもやした感覚が
    ちょうど言い表されてたからなんだ。

 ハル:水族館みたいな気分?

ルキオ:うん。
    なんだろうな。
    別に窮屈そうってわけでもなくゆったり泳いでるし、
    きれいなんだけど、それだけなんだ。
    ハルがいるのっていつも海じゃなくて水槽なんだよ。

 ハル:……。

ルキオ:ハルってさあ、一見気ままな奴に見えるけど、
    実は心底から自由奔放な奴ってわけじゃないんだよな。
    自分でもさっき言ったろう、
    井の中のかわずがお似合いだとかさ。
    根っからフリーダムで破天荒な人間ってんなら
    俺なにも言わないよ、
    でも本当はそうじゃないのにそんな振る舞いしてたら
    いつか破滅するぞ?

 ハル:エセだって言いたいわけ?

ルキオ:実際今だってさ、悪い言い方したら
    「囲われてる」ようなもんじゃないのか?

 ハル:アリマさんとはそんなんじゃないってば!

ルキオ:じゃあ言えるだろ。
    どこで知り合ったんだ? 相手いくつだよ?

 ハル:ネットで知り合った。相手は40。はい言いました

ルキオ:いや別にネットが悪いとは言わないけどさあ……。
    ハルさ、前もそんな感じで
    付き合った人と住んでなかった?

 ハル:あれはネットじゃなかったもん!

ルキオ:まあなにで知り合ったかはいいよ。
    でもさ、ハルはそれでいいの?

 ハル:なにが言いたいの?
    いいよ。なんにも問題なんかない。
    アリマさんはちゃんとした、尊敬できる人だよ。
    体がしんどい時も弱音ほとんど吐かないで
    バリバリ仕事してしっかり稼いでる、すごい人なんだ。
    手伝いができることが光栄なくらいだよ。

ルキオ:光栄って、また自分を卑下してる。
    それに稼いでるから偉いってわけでもないだろ。

 ハル:光栄って言葉に卑下する意味なんかないよ。
    稼いでることが偉いって言ってるわけでもない。
    ルキオ結構本読むよね? なのにそんなに国語力ないの?

ルキオ:ハルこそ論点ずらすなよ。
    俺はつまるところ関係性の不健全さを言ってるんだ。
    40の知らない人に飼われて養われてるなんておかしいだろ。

 ハル:知らない人じゃないし!
    あのねえ、僕は、
    家事労働によって対価をもらってるんであって、
    ルキオが思ってるような
    変なつもりで囲われてるわけじゃない。
    付き合う付き合わないとかそういう関係じゃないんだよ。
    不健全なんかじゃないよ全然。

ルキオ:本当かよ。ハルがそう思ってるだけじゃないの?
    そっちの人がどう思ってるかなんてわからないだろ

 ハル:いい加減にしてよ! 
    どうあっても僕をヒモにしたいわけ?
    そりゃ僕はルキオみたいなサラリーマンではないよ、でも
    そんな理由で痛くもない腹を探られるのは不愉快だ!
    心配心配って、お前は親かよ! 鬱陶しいんだよ!

ルキオ:……そうか。悪かったよ。

 ハル:(店員に)あ、すみません、
    これ下げてもらっていいですか。
    ええっと、梅酒ロック。ルキオは?

ルキオ:いい。

 ハル:そういえばまだ生飲み切ってなかったね。
    (店員に)じゃあ以上で。

(しばし沈黙)

ルキオ:(残っていたビールを一気に飲み干す)
    ……悪い。やっぱ俺帰るわ。
    はい、五千円、釣りはとっといて。

 ハル:え、ちょっと。受け取れないってこんな

ルキオ:じゃ今度なんかおごって。また連絡する。

 ハル:(ため息)……わかった。お疲れ。サンキュ。



(あとから来た梅酒をちびちび飲みながらハル独白)

 ハル:……常識とか、会社とか、体裁とか。
    そういう整えられた水槽で暮らしてる。
    充実してて平和できれいだ、
    だけどそこからキミが出てくることはない。
    僕に言わせればキミも充分
    『エンゼルフィッシュ症候群』だよ。ルキオ。



                                Fin_■






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