【劇団ピーターパン】
I
『劇団ピーターパン メンバー募集中』
その貼り紙は町のなかでもダウンタウン寄りの地域、
とくに時計塔の見えるあたりに多く貼ってあった。
劇団の募集チラシなんてイギリスじゃ珍しくもない。けれどそれは、
ナイフでできた鋭利な翅を持つ妖精のイラストとその一文が書いてあるだけで
どこで活動しているとかどうすれば連絡がつくとかの情報が
一切ないのが珍しかった。
五枚並んで貼ってある壁を眺めて通り過ぎると、
モスグリーンのキャスケット帽をかぶった少年がビラ配りをしていた。
「こんにちは。劇団ピーターパンです。お嬢さんも入らない?」
私は手渡されたビラに眼をやる。
こちらは活動時間と集合場所が書いてあった。
毎週金曜日、夜9時。時計塔の展望台に集合。
道具は支給。活動内容はメンバーの意思を尊重。
「演劇集団なの?」
くるくるの栗毛をかきあげて私は訊ねる。
しかし髪はうまく耳にかかってくれず、ぱさりと落ちてきた。
ロンドンは雨や曇りが多くて、くせ毛の私はいつも髪に苦労させられる。
私と同じくらいだろう少年は
歳よりもさらにあどけなく見える無邪気な笑顔を浮かべた。
「ある意味ね。ぼくらが演るのは、復讐劇」
「復讐劇?『ハムレット』とか?」
「いやオリジナルさ。
ぼくたちだけの復讐だ。大人へのね」
見てよ、と言ってシャツのすそをまくりあげると、
彼の体には無数の傷があった。
鞭。刃傷。麻縄。焼きごて。銃創。
へその左には何の痕なのか、皮膚がひきつれ変色しているような部分もあった。
シャツをめくっている右手の親指の爪は剥がされたらしく壊死している。
「ひどいもんだろ」
少年はけらけらと笑った。
「さぞ痛かったでしょうねえ」
「はは。その同情の伺えない淡々とした言い方、サイコー。
まあ、さ、こんなような、大人を憎んでる子供を集めてやってるわけ」
「ふうん」
「君はどう?興味ない?」
「そうねえ」
私は両肘を抱いて、無表情のまま斜め上の空に眼をやる。
「私も大人はだいきらい。男もむかつくし、女……とくに娼婦はへどが出るわ」
母親は娼婦だった。実の父は誰なのか知らない。
母の恋人なら私の知る限り4人は見た。
1人目の恋人のとき、あの女は振られるのを恐れて
赤ん坊の私の存在を隠そうと必死だった。
泣く私の口に布を押し込み、何重にも服でくるみクローゼットに押しこんだ。
2人目はちょっと優しかったけど酒癖の悪い暴力男で、
あの女も私もぼこぼこに殴られた。おかげでいまでも右耳の聞こえが悪い。
3番目は恋人でいた期間が一番短い。
なにしろ取れるだけ金を取ってさっさと逃げたからだ。
4番目の男は私をレイプし続けた。私は10歳で初めて出産したけど、
一週間もたずにその子は死んだ。11歳で二回流産した。
12歳でもう1人産んだけど、2週目に男に見つかり目の前で踏みつぶされた。
少年は私が彼にそうしたように
「さぞ辛かったろうねえ」とお世辞のように言い、
それからまたにっこりと笑った。
「で、どう?入る?復讐集団ピーターパン」
「いいわ。参加させてちょうだい。金曜日の夜9時に時計塔ね?」
「そうこなくちゃ!
じゃあ次の標的は娼婦にしようか。みんなも歓迎してくれるよ。
あ、君、名前は?」
「私はウェンディ。あなたは?」
「ぼくはジャックだ。団のリーダーさ」
「そう。ジャック、これからよろしく」
彼と握手をしようとした、その瞬間、ジャックは「あっやべっ」と声を荒げた。
ジャックの視線の先を振り向くと
黒い服に身を包んだ聖職者が数名歩いていた。
すべてではないが力のある聖職者なら悪霊が見えるかもしれないし、
私たちもああいう白い光を持つ人間は嫌いだ。
「じゃ、挨拶はまたこんど改めて、ね」
ジャックは私にウィンクしてからあわただしく消えていった。
私もそろそろ去ろう。
ベーカリーの角を曲がりながら、ひるがえるスカートの先から風景にとけた。
ああ、金曜日が待ち遠しいな。
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